ローマ書9章15~18節

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

神はモーセに、「わたしは、自分のあわれむ者をあわれみ、自分のいつくしむ者をいつくしむ。」と言われました。したがって、事は人間の願いや努力によるのではなく、あわれんでくださる神によるのです。
聖書はパロに、「わたしがあなたを立てたのは、あなたにおいてわたしの力を示し、わたしの名を全世界に告げ知らせるためである。」と言っています。こういうわけで、神は、人をみこころのままにあわれみ、またみこころのままにかたくなにされるのです。(ローマ書9章15~18節)

拠り所

トレードは自分ではどうしようもできない力で動いています。私たちがどんなに予想しても、インジケーター使いこなしても、たんに先の動きを予想しているにすぎず、コントロールしている訳ではありません。
予想が外れても、自分のほかに誰も悲しんだり、怒ったりする人はいません。全ては「自己責任」の一言で片づけられてしまいます。
一つの拠り所としては、神のみです。
それはチャートが逆方向に進んだ時に、神のあわれみによって元に戻るということを言っているわけ
ではありません。エントリーする時に、きちんとルールどおりに損切の設定をする。そしてそれを外さない。
損切した後で、感情的にならずに、次のチャンスをたんたんと待てるように、自分の心を強めてもらう。

そういう自分にしてもらうということです。

かたくなな心

エジプトの王、パロは400年もの長い間、イスラエル人を奴隷にしてきました。モーセはいくどの災いを起こしましたが、神はそのたびにパロの心をかたくなにされました。

心がかたくなになる時、自分ではどうしようもできない時があるでしょう。自分の心に従っているようで、実は本心とは全く別の行動をしてしまう。

これは、かたくなになっているのです。そんなはずはない。こうなるべき。こうでなくてはならない。そのように、考えてしまっては、この世の生活は窮屈極まりないものになるでしょう。

ことトレードにおいては、そのような思考に陥りがちです。しかしながら、先ほど書いたように、チャートは自分の力でコントロールできるものではありません。かたくなな心も、自分の力でコントロールすることは難しいと知るべきです。

それでは、かたくなな心で、ありもしない幻想を抱いて、自分の力ではどうしようもないチャートと向きあう時、私たちの希望はどこにあるでしょうか。

そう、そんなものどこにでもないのです。待っているのは、相場からの退場という最悪の結果です。

希望をおく

そんなすさんだトレード生活では、身がもちません。なにより資金がもちません。トレード生活に希望を置くためには、自分の心を正常に戻すことが必要です。
チャートに希望をおいてはだめです。裏切られたときに、正常でいられなくなりますよ。
大丈夫です。

ルール通りに、一つ一つのトレードができるようになれば、必ず資金は増えていきます。
そこに希望をおくのです。
そのために、心がかたくなにならないように、祈りましょう。クリスチャンじゃない人は、なんでもいいです。
とにかく、弱い自分が強められるように。でもいいですし、いい心理状態でトレードができるように、でもいいです。一言自分に言い聞かせるように祈ることで、自分の正しい姿を見つめなおす事ができます。

今週もいいトレードをしましょう。

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。