ローマ3章10節

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

次のように書いてある。「義人はいない。ひとりもいない。悟りのある人はいない。神を求める人はいない。全ての人は迷い出て、ことごとく無益なものになっている。善を行う者はいない、ひとりもいない。」

義人はいない

キリスト教の教えは罪を知ることからはじまります。なので、義人はいないという中に、自分も含まれていることを理解しなくてはいけません。

どのレベルかというと、神のレベルでです。これを律法といいます。

人はその昔、律法を守ることを義としました。しかし、それがいつの間にか、律法学者やパリサイ人の手によって、人々をさばく道具になっていきました。

まさに、自分の目の中に針が入っているにも関わらず、他人の目の中のごみをとろうとしている人間で溢れかえったのです。

マザーテレサもキング牧師も、ヘレンケラーもフランシスコザビエルも、義人はいないのです。

律法を行うことによっては、人は義と認められません。律法によっては、罪の自覚が生じるのみだと、聖書はいっています。

それならば、人はどのように義と認められるのでしょうか。

そこで、罪のないイエスキリストが登場します。

私たちはイエスキリストによるあがないによって義と認められるのです。

かなりディープな話を最初からしていますが、、

トレードで自分を見失いそうになったら

勝てるトレーダーになるためには、ある意味、過去の自分と決別しなければいけません。

欲を捨てなければいけないし、我を失ってはいけません。

我を失う心境というのは、どうしようもない自分を認められない時に起こります。それは自分に固執している証拠ですね。

見失いそうになってしまったら、チャートを閉じることをお勧めします。

そして、この聖書に学ぶのどの記事でもいいので、読んでみる。

このわけの分からない、聖書の言葉と、とりあえず自分を見失うなと呼びかける文字を読んで

今一度、自分を取り戻す。

勝てるトレーダーになるためには、いかに負けた時の傷を小さくするかにかかっているということを思い出す。

チャンスは明日くる。と心に思う。

希望に燃える。

そして、チャートを閉じる。

そのことができるようになったら、勝てるトレーダーまであと一息です。

※ 海外FXでゆとりある人生を!

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。