第一コリント人8章2節

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人がもし、何かを知っていると思ったら、その人はまだ知らなければならないほどのことも知ってはいないのです。

しかし、人が神を愛するなら、その人は神に知られているのです。

知っているというな

私たちは、みんな知識をもっています。だから知っていることもたくさんあって当たり前なのです。普通の人は脳みその大半は使っていないということも私たちは「知って」います。

ちなみに、脳細胞は二十歳くらいからどんどん死んでいくらしいです。使われなかった脳細胞が死んでいく。それって怖いですよね。若いうちの、小さいころからの勉学がどんなに大事が身に沁みます。

確かに、僕たちはたくさんのことを知っていますし、ネットをちょっと開けば、それこそ、あまたの知識を知ることができる環境で生きています。

しかし、それでもなお、聖書は、「知っていると思うな」と警告します。

「知識は人を高ぶらせ、愛は人の徳を建てる」

トレードでの高ぶり

トレードにおいて高ぶるというのは禁物です。こうなったらいいな、が、こうなるべき、とか、こうならなければおかしい、となってしまっては、トレードで勝ち越すことなどできません。

なぜなら、負けた時、おかしいしか出てこないからです。取り返そうとするとき、取り返せるはずだ、しか出てこないからです。

自分は知識がない、とても小さな人間だとへりくだることができれば、負けても、それはそれとして見ることができます。

そこで邪魔になるものが、知識と経験です。

知識は人を高ぶらせ、経験は人に誤解を与えます。トレードにおいては、この二つは邪魔なのです。

僕たちにできることは、過信も不信もせずに、ただ、決められたトレードルールをたんたんと行うことだけです。

人は何も知ることはできない。

聖書は、神を愛することを進めています。人は何も知ることはできないけど、神を愛すれば、神の方が私たちを知ってくださると言っています。

今週もお疲れ様でした。

いいトレードをしましょう。

ちなみに、本日、ポンド円のあげさげで60pips頂きました。ありがとうございました!!!

 

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